グローバリゼーションと雇用環境の変化

松丸和夫

1.            日本の雇用

2.            失業率の上昇とその背景

3.            日本型雇用慣行の長所と問題

4.            グローバリゼーションの行方と雇用問題

                                

1.日本の雇用

 日本の完全失業率が21世紀の最初の年、2001年7月に初めて5%に上昇した。そして、9月には5.3%へ跳ね上がり、今後さらに上昇しそうである。これは、1953年の「労働力調査」(総務省)開始以来の最高水準である。有名な大企業が相次いでリストラ(人員削減)計画を発表し、最高水準の企業倒産が続くことで、雇用不安が高まっている。政府や民間シンクタンクの予測でも、今後2~3年の間に銀行などのかかえる不良債権処理(直接処理)が進むと、数十万人から百万人以上の失業者が増加するという。どうして日本経済がこれほどまでに危機的状況に至ってしまったのか。問題を「雇用」に限定して述べたいと思う。

「雇用」という言葉は、一般に人間のもつ仕事や労働の能力が活用されている状態、別の言い方をすれば、企業や官公庁などの雇用主のもとで就業している状態を表している。逆に、「失業」というのは、人間のもつ労働能力が発揮されていない状態、統計的定義でいえば、働く能力と意思があり、求職活動をしているにもかかわらず収入をともなう仕事に就けない状態を指している。前掲の「労働力調査」もその定義にしたがって「完全失業者数」を推計している。

第2次大戦後、先進工業諸国の多くは、「完全雇用」政策を掲げ、積極的な雇用対策や経済政策によって、失業を予防し、雇用水準の改善に向けて努力してきた。それは、各国で共通の目標とされた「福祉国家」や「福祉社会」の実現にとって、人々が元気に働き、適切な所得を稼ぎ、税金や社会保障費用を負担することがその前提として必要だったからである。

しかし、かつては失業率の低さを誇っていた日本やドイツ、それほどでもないにしろまだ今ほど深刻な失業水準を知らなかった米国、英国、フランスも、1973年の石油ショック以降失業率が徐々に上昇し始めた。アメリカでは、1975年に失業率が8%を超え、80年代を通じて6~9%の間を上下した。イギリスは、1975年の4.6%から80年代には11%台まで上昇した。フランスの失業率が10%を超えたのは1985年であった。スペインは、80年代に入って10数%から20%超まで高い水準で推移した。80年代の旧西ドイツは、9%台の失業率を経験したが、1990年の東西ドイツ統一以後は、「東高西低」の失業率格差を含みながら最近まで、平均で10%前後の高い失業水準を解消できないまま現在に至っている。失業問題をこれまで顕在化させることの少なかった日本は、1990年代初頭のバブル経済崩壊以後、少しずつ失業率を上昇させ、90年代後半に入って急速に4%台へ、そして最近5%台に到達した。もはや、雇用問題は日本の経済政策上の一大主要テーマとして位置づけられなければならない状況に到達した。

2.失業率の上昇とその背景

かつて景気の谷間に雇用情勢が悪化しても、景気の回復とともに雇用水準を回復したのが日本経済におけるパターンであった。しかし、1990年代は景気の本格的回復が達成されなかった。「景気回復で雇用も回復」という期待は依然として説得力のある説明だ。しかし、最近では「雇用なき回復」(jobless recovery)といわれるように、景気回復と雇用水準の回復の相関が弱くなる傾向が見え始めた。IT(情報通信技術)革命が雇用を創出すると同時に既存の仕事のチャンスを消滅させる可能性について否定する者はいない。

最近の雇用政策の議論では、全体状況に関わる「構造改革」が労働市場においても必要であるというものから、ミクロ経済的には、雇用可能性「employability」の開発が失業問題の解決にとって必要だといわれている。その意味では、経済の構造が時代とともに変化することとあわせて、雇用の構造もその変化に対応しなければ、雇用水準を維持することは困難だという説明がなされている。しかし、日本経済のかかえる雇用・失業問題にとってより根本的な環境の与件として、日本経済のグローバリゼーションによる環境変化があることは明らかである。特に日本の産業構造は、海外市場における販路への依存と円高による競争条件の悪化という二つの制約条件の板挟み状態に長らく陥ってきた。それは、「悪魔のサイクル」と比喩されている次のような悪循環から抜け出しにくい状態に端的に表されている。円高→価格競争条件の悪化→価格を引き下げるためのコストダウン努力→市場の販路の回復→日本産業競争力の一層の強化→日本経済への外部評価としての円通貨への高い評価=「円高」→価格競争条件の悪化、以下繰り返し。

  雇用水準は、国民経済の諸指標の中では、従属変数としてとらえられる。たとえば、景気が上昇すれば失業が減少するとか、政府の公共投資が増額されると失業者が吸収されるとか、民間企業の新規工場建設があるとそれに付随して新規求人が増大するなど、労働市場が一つの国内で完結する場合、これらの経済指標の変動に応じて雇用水準は変化する。

  しかしながら、最近の日本経済における逼迫感の一要素として、雇用不安や失業率の上昇が重くのしかかっているという指摘も真実味が増してきている。否、むしろ従属変数とされる雇用・失業指標を直接改善するための施策が政府部内からも求められ、公的資金を使った「雇用創出」施策が政府の雇用対策予算として計上されるまでにいたっている。

  グローバルな視点から見てみると、雇用不安や失業問題に苦しんでいるのは日本だけではない。1970年代の石油ショック後のヨーロッパ諸国では、失業の長期化、失業者の特定グループへの固定化など「構造失業」が問題とされた。同じ時期、日本は石油ショックの打撃から比較的早く脱却した。それを支えたのが「集中豪雨型輸出」の製造業の国際競争力にあったとみる見解が有力である。70年代末から80年代はじめにかけては、日米経済摩擦が顕在化し、日本の自動車輸出がアメリカに「失業」を輸出しているとの関係者からの非難も強まった。

しかし、先進諸国も発展途上国も、戦後日本の高度経済成長に関心を強く持ち、異例ともいえる低失業率はなぜ達成されたのかが研究されるようになった。日本の高度経済成長の時代(1955年~1973年)に、日本の産業構造は大きく変化した。農林漁業などの第一次産業から製造業を中心とする第⒉次産業への就業人口の移動をもたらした。さらに最近では、第2次産業からサービス業などの第3次産業への就業人口の移動も顕著になっている。これは、経済・産業構造の高度化の法則として、多くの国でみられることだが、常に順調に進むものではない。過剰化され、流出した第1次産業部門の就業者を吸収する2次、3次産業部門が発展しなければそれは不可能である。

  最近のように経済のグローバル化が語られる以前から、日本の有名企業の一部は、国際市場の限界を超えて海外生産や海外進出を進めてきた。しかし、1985年のプラザ合意以後の急速な「円高」により、70年代後半の集中豪雨型輸出に頼るやりかたも通用しなくなった。この時、日本政府の経済政策は、「構造調整」をメインに、国際競争力をいっそう強めるための企業の改革努力と同時に、輸出だけに依存するのではない「内需拡大」を基調にした経済運営をめざすものとなった。しかし、そのようなかけ声とは裏腹に、1980年代後半になると、自動車産業をはじめとして、日本の製造業企業の多くは、北米や欧州、東南アジアなど販売市場への工場進出で販路を確保するようになった。日本型経営が海外で通用するかどうか、海外での企業活動の経験が日本国内の本拠地に反作用を及ぼすという事態も進むようになった。日本経済のボーダーレス化、国際化、グローバル化が真実味を帯びた言葉になってきたのは、このような時代の流れの中でのことであった。

雇用環境へのグローバリゼーションの影響は、二つの相反する側面をもつ。ひとつは、東南アジア価格との直接競争にみられるように、日本が輸出する製品が国際的な競争力を減退させるという面である。「ユニクロ現象」と揶揄されるように、安くて良い製品を作るためには、もはや日本国内で生産するのは適さないという事態である。その結果、日用雑貨や被服、家電製品、場合によっては伝統地場産業の和服やタオル、洋食器などが国外から輸入されるようになり、国内産業が競争に敗れ淘汰されていくという側面である。しかし、グローバリゼーションは、他方でこれまで考えられなかった新規産業を生みだし、新たな雇用機会を生み出すという側面である。たとえば、最近の外資系金融・保険会社の日本における増加、求人件数拡大の状況を見れば明らかであ。しかし、グローバル化した企業にとっては、世界の国々の中でどこで企業活動を展開するかは、「最適立地」の観点からすれば、最も経済的に合理的な立地をすることこそ重要だから、日本経済というナショナルなレベルが優先される必要は必ずしもないだろう。高失業に苦しむ日本以外の国々に取り囲まれて、低失業の「孤島」を維持することは、日本経済がグローバル化することで今日まで持ちこたえてきたことからしても、不可能となっている。

3.日本型雇用慣行の長所と問題

日本型経営は、1970年代後半から、日本経済のマクロ的成功で注目され、80年代には、日本的経営の礼賛が学会の主流となり、90年代にはバブル経済の崩壊とともに潮が引いていった。今、冷静にこれらの時代推移を見返すことが必要である。なぜなら、日本型経営の利点として注目されてきた要素の一つに、労働者の働く意欲の高さと製品の品質の高さがあり、同時に、製造原価の低さからくる製品価格の競争力を欧米諸国のそれを凌駕したことが挙げられる。それらを支えた経営における「人間的」側面を説明するツールとして、日本型雇用慣行に注目が集まったのは当然といえよう。同じ技術の援用であっても、それを使いこなすには、人間によるアプリケーションが必ず必要だし、問題の発見と解決による経営効率の改善には「人間的」考察力と判断力が不可欠だからである。

日本型雇用慣行とは、これまで、「終身雇用」と「年功序列」の二つのキーワードで理解されてきた。最近の若いビジネスマンなど、これら二つの表現を聞いただけで、「時代遅れ」と言い、「嫌悪」感をはっきりと表明する人もいる。経営者の中にも、「終身雇用の時代は終わった」、「年功序列はもう通用しない」と「雇用の流動化」と「実力主義」を唱える人が多数派を占めるようになった。しかし、事実の問題として、最近まで「終身雇用」や「年功序列」は、日本企業の経営理念や労使の社会的合意とされてきたことを否定するわけには行かない。重要なのは、グローバル化あるいはグローバルスタンダードという大状況の変化の中で、日本型雇用慣行の何が問題で、どういう方向への転換が必要になってきたのかを冷静に分析することではないか。私の見解によれば、「終身雇用」や「年功序列」は、一面で、労働者の雇用を企業が相当程度保障し、処遇も年齢階層別のライフサイクル・ステージに対応するという意味で、従業員の企業への期待にかなり親和的なシステムと捉えている。仕事を一生懸命にこなし、会社のために日夜努力することが、高い雇用の安定度を保証され、しかも処遇の改善につながるという「取引」関係が企業と労働者の間に成立していた。しかし、日本型慣行は、他面でかなり以前より日本人の働き方や、その慣行の恩恵に浴さない多数の労働者の差別的構造を拡大してきたのも事実である。「会社人間」と揶揄されるように、職業人生をひとつの企業人生と完全にオーバーラップさせてしまう性向、過労死を生み出してしまう労働環境、正社員以外のパートや派遣社員は、いわば「身分」的に相当な差別を受けている現状など否定的な側面も明らかになってきている。

  さて、日本型経営の問題については多方面から議論がなされ、企業のトップ経営者も関心を強く持ち、組織改革や業務の見直しが盛んである。ところが、そういった企業経営を人的に支えるヒトの管理、特に雇用管理については、1995年の日経連「新時代の日本的経営」における雇用形態の多様化の提起以来、各社の努力は続いているが、トライアル&エラーの繰り返しである。特に、バブル経済の崩壊以後の日本企業の経営陣には、アメリカ流の「柔軟」な雇用管理の模倣に走ったり、それへの反省として企業の「雇用責任」を唱えたり、動揺した様子が見え隠れしている。

 企業は、第一に自社の存続と発展のために全力を尽くすものである。そのためには、経営合理化努力、競争戦略に沿った大胆な組織改革も必要であろう。

 しかし、企業は第二に、市場の中で、また顧客との取引の中で生存可能な社会的存在であることも忘れてはならない。バブル経済の終わりのころに、企業の社会的貢献が盛んに語られたことは記憶に新しい。

 企業が己の求める道を追及することが、その存立基盤をどんどん切り崩すことになっては元も子もないだろう。個々の企業に日本経済全体のマクロ政策の解決を求めることは筋違いであるにしても、それら企業の活動がマクロ経済に集約・反映されていくことも事実であり、企業間の競争や取引にルールの確立が必要なことは、どんな国でも当然のことに違いない。日本型雇用慣行を清算するような態度ではなく、先進諸国が日本の先輩格としてこれまでどのように雇用・失業問題に対処してきたか、これを素直に見るくらいの底力を日本の企業はもっているし、またそうした省察を欠いては、闇雲にヒステリックなリストラ戦略に走る企業行動しか見えてこないだろう。企業もまた個々の人間と同じように長所と短所を併せ持つものだ。短所を否定するあまり長所が生かされなくなる愚だけは避けるべきだろう。

4.グローバリゼーションの行方と雇用問題

  20世紀の最後の10年間は、市場経済化の波が全世界を時には明るい展望として覆い、そして世紀末にいたるとグローバル市場経済のもつ危うさも広く知られるようになってきた。従来と同じ形でグローバリゼーションが一直線に進むとは考えにくいが、グローバル化した各国経済やグローバル化で進む地位経済化傾向において、市場経済のアキレス腱となる雇用・失業問題への協調的対応行動に日本もきちんと参加しないと、グローバル化の大海における「雇用小国」に陥ることになるのではないか、その意味でグローバリゼーションを意識するとは、諸国とのコミュニケーションの重要性を強調すると同時に、まさに「日本」なるものの深奥に迫ることに他ならない、と思う。

  『中央評論』238号2001年12月掲載

コメントをどうぞ

コメントを投稿するにはログインしてください。